この記事では、「厭世的」と「ペシミスティック」の違いを分かりやすく説明していきます。
「厭世的」とは?
一生懸命に生きるのではなく、もう何をやってもうんざりした気持ちで生きている気持ちを表す言葉が「厭世的」【えんせいてき】です。
物事がうまくいかない現実に悲しくなり、投げやりな気持ちになる様を指します。
生きていることすら嫌になっては落ち込む様子を指し、何をやっても悲しいと感じる人の気持ちを表すのです。
あまりにも物事を悲観する人は生きるのも虚しくなり、生きられないと思ってしまいます。
「ペシミスティック」とは?
悲観的な気持ちになることを「ペシミスティック」といいます。
どうも物事を悪い方向に考えては悲しいと感じて辛いと思ったり、やる気を失ってしまうのです。
このように考える人は辛い出来事が続くと人生を前向きに生きられなくなり、暗い気持ちになります。
“pessimistic”と英語で書き、カタカタにすると「ペシミスティック」と読むわけです。
「厭世的」と「ペシミスティック」の違い
「厭世的」と「ペシミスティック」の違いを、分かりやすく解説します。
人生を後天的に考えては前向きに生きようと思えず、人生には良い事がないと思う悲観的な考えを「厭世的」といいます。
悲観的な考え方ばかりする人は生きることに楽しさを見出せず、人生を終わらせたいと思ってしまう人もいるのです。
もう一方の「ペシミスティック」は「厭世的」の英語として使われている言葉であり、海外で使われている「厭世的」と同じ意味があります。
「厭世的」の例文
・『苦しい現実に彼女は厭世的になり、ひっそり生きる道を選んだ』
・『友人を事故で失った弟は厭世的になり、仕事も辞めて姿を消した』
「ペシミスティック」の例文
・『ペシミスティックな生徒の考え方を変えるように寄り添った』
・『弟子はペシミスティックで挑戦する機会を手放してしまう』
まとめ
同じ意味を持つ日本語と英語を取り上げましたが、使い方によりどちらを使えばうまく使えるかを考えてみるといいでしょう。