「光陰矢の如し」と「一寸の光陰軽んずべからず」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「光陰矢の如し」と「一寸の光陰軽んずべからず」の違いとは?違い

この記事では、「光陰矢の如し」「一寸の光陰軽んずべからず」の違いを分かりやすく説明していきます。

「光陰矢の如し」とは?

月日の経つのがとても早いことを例えたことわざが「光陰矢の如し」です。

「光陰」「光は日。

「陰」は月を意味し、「光陰」は月日や年月、時間を意味する言葉になります。

「矢の如し」は極めて速いこと、速く真っ直ぐに進むことの例えです。

このような意味を持つ言葉が組み合わさり、「光陰矢の如し」は、月日の経つのがとても早いことを例えたものとなります。


「一寸の光陰軽んずべからず」とは?

わずかな時間でも無駄にはしてはいけないことを例えたことわざが「一寸の光陰軽んずべからず」です。

ここでいう「一寸」とは、尺の単位ではなく、わずかな時間です。

また、「光陰」は月日や年月、時間を意味し、「軽んずべからず」は軽くみてはいけないことを意味します。

主に「一寸の光陰軽んずべからず」は、時間を無駄にしてはいけないという戒めとして使用されます。


「光陰矢の如し」と「一寸の光陰軽んずべからず」の違い

「光陰矢の如し」「一寸の光陰軽んずべからず」の違いを、分かりやすく解説します。

「光陰矢の如し」は、月日の経つのがとても早いことを例えたことわざ。

「一寸の光陰軽んずべからず」は、わずかな時間でも無駄にはしてはいけないことを例えたことわざです。

どちらも、月日や時間を大切にしなければならないといった意味では同じ意味を持つ言葉になります。

「光陰矢の如し」の例文

・『人生、光陰矢の如しだと思えば、何一つ無駄にはしたくないと思う』
・『あっという間に大学も卒業、まさに光陰矢の如しです』

「一寸の光陰軽んずべからず」の例文

・『一寸の光陰軽んずべからずと思うと、ゲーム三昧で良いのかと思う』
・『毎日を充実させるためにも、一寸の光陰軽んずべからずを忘れてはいけない』

まとめ

以上のように、どちらも、月日が経つのは早く決して無駄にしてはいけないといった例えとして使用されることの多いことわざです。

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