「霧島神社」と「霧島神宮」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「霧島神社」と「霧島神宮」の違いとは?違い

霧島神社は2回無くなった?その意味とは?

この記事では、「霧島神社」「霧島神宮」の違いを分かりやすく説明していきます。

「霧島神社」とは?

「霧島神宮」のかつての名前でもあり、正式には現在では「霧島神社」は存在していません。

その理由としてはやはり高千穂峰の噴火の影響を外して考える事はできないでしょう。

古代より100年単位で噴火被害を受けており、度々本殿を消失してきた霧島神社。

13世紀初頭の文暦元年の高千穂峰の噴火でまたも本殿を消失してしまいます。

その結果本格的に遷座、分社される事になりました。

その後明治時代に入って「霧島神社」の名前は復活したものわずか7年で幕を閉じる事になりました。


「霧島神宮」とは?

鹿児島県霧島市霧島田口にある神社。

箱根などと同様に古代から山岳信仰の場として有名。

高千穂峰の噴火の影響を受けた結果「霧島神社」の分社により生まれたと言っていいでしょう。

かつての名前は室町〜安土桃山〜江戸時代と長く西御在所霧島権現として親しまれてきました。

「霧島神宮」と呼ばれる様になったのは官幣大社に列格された1874年の事です。


「霧島神社」と「霧島神宮」の違い

「霧島神社」「霧島神宮」の違いを、分かりやすく解説します。

結果的に大きかったのは13世紀の文暦元年の大噴火です。

これにより遷殿を行った事で複雑な名称の変更が起こったと言えるでしょう。

長尾山に移転した東霧島権現は室町時代に霧島東御在所権現と西御在所霧島権現(現在の霧島神宮)に分かれました。

室町時代から江戸時代までは西御在所霧島権現で呼ばれていたもの、明治元年の神仏分離令により同社は「霧島神社」に改称。

その後にわずか7年で「霧島神社」「霧島神宮」へと名前を変更しています。

まとめ

元々は「霧島神社」として古代540年に誕生。

その後しばしば火山被害にあったあげく1234年の文暦の大噴火により、遷座し、現在の東霧島神社の位置へ移ります。

その後250年が経過した室町時代に島津家11代当主がさらに霧島東御在所権現と西御在所霧島権現に分社。

江戸時代は西御在所霧島権現で名を通したもの明治元年の神仏分離で「霧島神社」に名称変更。

さらに7年後に「霧島神宮」へと改称する事になりました。

つまり「霧島神社」は鎌倉時代と明治時代に2度その名を失っています。

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