言語学の用語にはちょっと見ただけでは意味がわからないものがたくさんあります。
そもそも言語に関して言語で解釈するので、その難しさに関しては容易に想像できますが、それにしてもなぜわざわざわかりにくい言葉を使うのかと思うことがあります。
その代表的なものが「直示」というものです。
それでは、この「直示」とはどういう意味でしょうか。
また、「照応」とは、どう違うのでしょうか。
この記事では、「直示」と「照応」の違いを分かりやすく説明していきます。
「直示」とは?
「直示」とは、「ちょくじ」と読み、英語の「deixis(ダイクシス)」という言葉を日本語に訳したものです。
言語学的には、その場で行われている会話の文脈によって何を表しているかが明確になるもの、あるいは、文脈によって明確だと理解して使っている言葉のことを言います。
例えば指示語の「これ」とか「あれ」などは最も分かりやすいもので、その時の自分と相手の位置関係がわかっていて初めてなんのことかわかる言葉です。
「照応」とは?
「照応」とは、「しょうおう」と読み、一般的には何かと何かが対になって成り立っているような状態、またはお互いに関係していることです。
言語学的には、「ここにいた少女を見ましたが、彼女は淋しそうでした」と言った場合には違う言葉を使っていますが「少女」と「彼女」は同じ人のことを表しているのは明確で、このようなことを「照応」と言います。
「直示」と「照応」の違い
「直示」と「照応」の違いを、分かりやすく解説します。
この2つは、言語学において、文章の中に出てくるものが何か類推できるという部分では同じですが、どこに違いがあるのでしょうか。
この2つの違いを最も簡単に説明するなら、「照応」している状態の文章はほとんどは「直示」であるということになります。
つまり、前述の「少女」に関しては、「照応」していますが、それが「照応」しているということは前後の文脈からわかるので、同時に「直示」であるということです。
「直示」の例文
・『直示というのは会話の文脈の中でその意味がわかるような言葉のことです』
・『直示という言葉は、このコンテキストでしか使われません』
「照応」の例文
・『2つの言葉が照応しているということは文脈から判断できます』
・『照応している2つの言葉はお互いに言い換えることができます』
まとめ
この記事では、「直示」と「照応」の違いを、解説してきました。
序文でも述べたように、これらの言葉は私たちの身近にあります。
この機会にこれらの正しい使い方を勉強しておきましょう。