「国分寺」と「国分尼寺」の違いとは?分かりやすく解釈

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この記事では、「国分寺」「国分尼寺」の違いを分かりやすく説明します。

「国分寺」とは?

聖武天皇が仏教によって国を鎮護するため建立を命じた寺院のことをいいます。

当時、日本は災害に見舞われ飢饉が発生し、伝染病も流行していました。

多くの人々が亡くなるなど悲惨な状況でした。

また、政変などもあり社会が不安定な状態でもあったようです。

そのため聖武天皇は仏教に深く帰依するようになり、741年に国分寺建立の詔を出したのです。

国分寺は日本各地に作られ、地方における仏教の発信地となりました。

国分寺は国分僧寺と国分尼寺に分けられますが、単に国分寺というと国分僧寺を指すことが多いです。

国分僧寺は男性の僧侶がいる寺院で、正式には金光明四天王護国之寺といいます。

聖武天皇が出した国分寺建立の詔によると、僧を20人置くことが定められました。

奈良にある東大寺が国分寺の総本山である総国分寺になります。


「国分尼寺」とは?

国分尼寺も聖武天皇が建立を命じた寺院で、国分寺の一種になります。

国分尼寺は尼僧と呼ばれる女性の僧侶のための寺院で、聖武天皇が出した国分寺建立の詔によると尼僧を10人置くことが定められました。

正式には、法華滅罪之寺といいます。

奈良時代には、奈良にある法華寺が国分尼寺の総本山とされています。

しかし、その後に戒律が変わって女性は僧侶になるための授戒を受けることができなくなったので、国分尼寺は廃れてしまいます。

ただし、現在も存続している寺院も多いです。


「国分寺」と「国分尼寺」の違い

国分寺は聖武天皇が建立を命じた寺院で、国分尼寺も本来は国分寺に含まれます。

国分寺というと男性の僧侶のための国分僧寺を指すことが多く、女性の僧侶の寺院である国分尼寺とは区別されています。

国分寺の総本山は東大寺で、国分尼寺の総本山は法華寺になります。

まとめ

国分寺は男性の僧侶のための寺院で、国分尼寺は女性の僧侶である尼僧のための寺院です。

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