「虚心坦懐」と「明鏡止水」の違いとは?分かりやすく解釈

「虚心坦懐」と「明鏡止水」の違いとは?分かりやすく解釈違い

この記事では、「虚心担壊」【きょしんたんかい】と「明鏡止水」【めいきょうしすい】の意味や違いを分かりやすく説明していきます。

「虚心担壊」とは?

何事も素直に受け入れられる気持ちがあることを「虚心担壊」【きょしんたんかい】といいます。

素直な心を持ち合わせている者は何が起きても考えて悩むことなく、さっぱりしているところが人に好かれるといった意味がある言葉です。

不安に感じることもなく、心晴れやかで明るく与えられた物事をまっとうできる状態を指します。


「明鏡止水」とは?

卑しい気持ちや人を騙そうとする悪い心を持たず、純粋で澄んでいる心を持つ人のことを「明鏡止水」【めいきょうしすい】といいます。

言葉の由来は中国で有名な荘子という書であり、ほこりや汚れなど一切ない状態の明鏡はやましさもなく、澄んだ気持ちを持つ人を表します。

また、何事にも動揺せず、安らぐ気持ちを持つといった「止水」を掛け合わせた意味合いがある言葉です。


「虚心担壊」と「明鏡止水」の違い

「虚心担壊」「明鏡止水」の違いを、分かりやすく解説します。

不安がなく、とても晴れやかに真正面を向いて物事を挑める状態を「虚心担壊」といいます。

年齢や性別に関係なく、先入観もない状態で物事を見られて、受け入れられるといった意味で使われている言葉です。

もう一方の「明鏡止水」は、元々鏡のようにくもらず、はっきり自分の姿を映し出す心と波もなく静かに漂う水といった意味を表すこの言葉にはやましさもなく、曇りがない美しい心を表します。

「虚心坦懐」の例文

・『新入社員は虚心坦懐であるため、指示に従った行動ができる』
・『会議では虚心担壊に社員が意見を出し合うことが大事だ』

「明鏡止水」の例文

・『人を助ける明鏡止水の気持ちを忘れずに生活している』
・『教師は明鏡止水の気持ちで前進すれば己を高められると語る』

まとめ

似ている意味を持つ言葉ではありますが、使う場面に違いがありますので、どのような状況でどう使えばいいかよく考えてみるといいでしょう。

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