この記事では、「綺麗事」【きれいごと】と「理想論」【りそうろん】の意味や違いを分かりやすく説明していきます。
「綺麗事」とは?意味
悪いことをしたのに反省もせず、自分のいいように取り繕うことを「綺麗事」【きれいごと】と言います。
例えば、浮気していたというのに、その行為を反省するのではなく、自分がしたことは決して悪いことではなく、社会勉強なのだと正当化するわけです。
普通なら「悪かった」と自分の悪い行いを反省しますが、「綺麗事」を言う人は行動や言動を美化して、自分はあたかも悪くはないと人に伝えて同情されることに焦点を当てます。
「理想論」とは?意味
今まさに起こっている現実よりも、自分が思い描く理想で物事をいいように考える論理を「理想論」【りそうろん】と言います。
理想で物事を考えて、悪いことや面倒なことも美化したうえで意見を述べたり、主張するという少し厄介な人が見せる理論です。
とくに、これからこのようなことが起こるだろうと考えて勝手に構想し、人に伝えて納得させるといった場面でよく使われる論になります。
「綺麗事」と「理想論」の違い
「綺麗事」と「理想論」の違いを、分かりやすく解説します。
ここでは「綺麗事」と「理想論」の違いを、分かりやすく解説します。
自分の体裁ばかり考えて言い訳することを「綺麗事」と言い、聞く人をうんざりさせるのです。
理屈を述べるのはうまいのですが、現実的にはまったくその通りに実行できていないところが馬鹿らしく聞こえてしまいます。
もう一方の「理想論」は、自分なりに現実を無視して理想を掲げて発表します。
理想的な言論の自由は、民主主義の日本人としてはすばらしいことですが、ときに非現実的なことを主張して人を困らせるため、少し厄介な人物とけられてしまうでしょう。
「綺麗事」の例文
・『夫は自分が不倫したことは認めず、綺麗事だけを並べて反省しない』
・『自分が述べることはいかに綺麗事だと分かっているが、伝えずにはいられない』
「理想論」の例文
・『理想論ばかりの人は都合の悪いことは触れず、自分のいいように伝える』
・『理想論を語る上司は、部下の斬新な考えを潰してしまう』
まとめ
どちらも自分がいいように見られたいと思うとき使う言葉ですが、あまりにも正当化しすぎると人をあきれさせたり、信用を失うことになるので注意しましょう。