この記事では、「思慕」と「恋慕」の違いを分かりやすく説明していきます。
思うにまつわる言葉を、区別していきましょう。
「思慕」とは?
思慕(しぼ)とは過去の思い出を振り返って、切ない気持ちになること。
おもに親子の愛や、親友の情をあらわします。
愛おしく思うこと、慈しんで大切に感じることが思慕になります。
もともと思慕は「思う」と「慕う」がセットになった用語です。
「思う」とは、心の中にその人の姿を思い描くこと。
好きな人の姿や話しぶりを想像することです。
そして「慕う」は、その人の姿を追いかけるという意味があります。
会いたいのに遠くにいる親友、ひと目見たいのにこの世にいない家族に対して使います。
「恋慕」とは?
恋慕(れんぼ)とは、愛している人に「好き」の気持ちを抱くこと。
現在進行形の恋に対して使う、ロマンチックな表現です。
男女間の恋焦がれる気持ちを描いた、やわらかい言葉になります。
恋慕には「恋」と「慕う」という言葉が、セットになって入っています。
恋とは、一人の人に対する特別な愛情のこと。
そして慕うは、愛おしく感じることです。
そのため男女間の淡い気持ち、「今すぐ会いたい」と願う切ない余韻を恋慕と呼んでいます。
韓国ドラマのタイトルにもなったため、知名度がアップしている言葉です。
「思慕」と「恋慕」の違い
いずれも「慕う」という言葉が含まれていて紛らわしいです。
「思慕」と「恋慕」の違いを、分かりやすく解説します。
「思慕」と「恋慕」の違いは、誰に対して慕っているかの差です。
思慕は友達や親子の愛を語った表現です。
「亡き母に思慕の気持ちを抱く」や「盟友の思慕を描いた作品」のように用います。
昔の良き思い出を振り返って、当時は良かったと懐かしく思うのが思慕にあたります。
そのため亡くなった人に対する愛情も、思慕のひと言で表現されることもあります。
一方で恋慕は、男女間の恋心を例えた表現です。
好きな人に対する、張り裂けそうな思いをいいます。
こうした恋慕という言葉は、室町時代の猿楽師「世阿弥」によってつくられた概念です。
世阿弥が手がけた作品の中には、自身の著作物である「五音」があります。
この本でテーマのひとつに取り上げられているのが恋慕です。
それによると恋慕とは、しみじみとした思いのこと。
心を強く打つ思い、情けや愛情と述べてあります。
そのため周囲が目に入らないくらいの盲目の愛を、恋慕といいます。
まとめると親や子ども、親友に対する愛情が思慕。
好きな人に対する、切ない思いが恋慕です。
まとめ
「思慕」と「恋慕」の違いを分かりやすくお伝えしました。
いずれも相手を大切に思う、愛おしむ気持ちをあらわします。
思慕は親から子どもに対する愛情、または子どもから親に対する情愛をいいます。
そして恋慕は彼女が彼氏を、彼氏が彼女をいつくしむ気持ちをあらわしています。
それぞれの感情の差を知って、適切に使ってみてください。