漢字の「教」で始まる熟語に「教訓」「教育」がありますが、どのような違いがあるのでしょうか。
この記事では、「教訓」と「教育」の違いを分かりやすく説明していきます。
「教訓」とは?
「教訓」【きょうくん】は、教えて分からせること、またはその内容や言葉のことです。
漢字の意味を見てみると「教」は学ばせるために導くこと、「訓」は言葉でさとすという意味を持っています。
漢字の意味から「教訓」は「学ぶべき事柄を教えてさとすこと」を表していることがうかがえます。
「教訓」という言葉そのものは「言い聞かせて分からせること」を指しますが、一般には「過去の経験を活かし、より良く生きるためにはどうすべきか説いて導くこと」といったニュアンスで使われています。
悪い例を例に挙げて「二度と同じ過ちを繰り返さないようにいましめること」を指すと思われがちですが、必ずしもいましめだけに使われる言葉ではありません。
「教訓」は「過去の経験を活かして成長できるよう、その生き方を教えること」という前向きな意味合いも持っています。
「教訓」の言葉の使い方
「教訓」は「道徳的な教えや有益な教えを言い聞かせること」または「過去の出来事を例に挙げ、より良く生きるためにはどうすれば良いかを説法や言葉で伝えること」を表すときに使います。
「教訓」を使った例文は以下のとおりです。
・『過去の水害を教訓に、防災意識をさらに高める』
・『偉人の生きざまから多くの教訓を学ぶ』
「教育」とは?
「教育」【きょういく】とは人を教え育てること、知識や教養を身に付けさせたり能力を引き出したりするために教えて導くことです。
「教育」は「教え、育てる」と書き表すように、ただ知識や教養を伝授するだけではなく「人を育てる」という意図的な目的を伴って行われます。
「教育」の目的は各国でも異なりますが、日本では教育基本法に基づき、人格形成や心身が健康な国民の育成を目指すことが定められています。
なお「教育」といえば「学校教育」を指すことが多いのですが、「教育」は分野ごとに細かく分類されており「家庭教育」「社会教育」「自己教育」などさまざま種類が存在しています。
「教育」の言葉の使い方
「教育」という言葉は「~する」「~を受ける」などの形で動詞化させるほか、目的や内容にあわせ「○○教育」のように複合名詞の形で使うことができます。
「教育」を使った例文は以下のとおりです。
・『誰もが教育を受ける権利を持っている』
・『マナーや人との関わり方を教えるのが家庭教育だ』
・『教育者には、指導力やコミュニケーション能力が求められる』
「教訓」と「教育」の違い
「教訓」は「有益な教えを言い聞かせ分からせること」、「教育」は「人を教え育てること」です。
「教育」はしつけ、学業、技術の向上など多岐にわたるものであり、広義には「教訓」も「教育」の一種であるといえるでしょう。
「教育」は、人が潤滑な社会生活を営むために欠かせないものです。
目的は、生きるために必要な知識や人格を身に付けさせ、誰もが安全で豊かな人生を送れるようにすることです。
「教訓」は、人がより良く生きるため、過ちを繰り返さないため、経験で得たことや気づいたことがあるときに教えるものです。
このように「教訓」と「教育」はどちらも教えることに関連していますが、定義は少し異なります。
まとめ
「教訓」は、教えて分からせること、「教育」は、教え育てることと覚えておきましょう。
どちらも有益な情報を教えて導くことですが、目的や形式は異なります。