この記事では、「他力本願」と「絶対他力」の違いを分かりやすく説明していきます。
気になる言葉を学んでいきましょう。
「他力本願」とは?
他力本願(たりきほんがん)とは、他人の力をたよりにすること。
自分の努力ではなく、他人の努力で楽をしようとすることです。
おんぶに抱っこ、他人まかせの様子を他力本願と呼んでいます。
もともと他力本願は、仏教にまつわる言葉です。
浄土宗をつくった鎌倉時代の法然が唱えた言葉です。
南無阿弥陀仏のお経を唱えると、やがて極楽浄土に行けるという教えから生まれた言葉です。
ただ現代ではこうした意味で使われることは少なく、怠け者のたとえとして他力本願がつかわれています。
働き者のアリさんに頼っているキリギリスになってしまわないように、どんな時も強くたくましく、自分の力で生きていきたいものです。
「絶対他力」とは?
絶対他力(ぜったいたりき)とは、仏教の教えのひとつ。
鎌倉時代に浄土真宗をつくった親鸞が唱えました。
簡単にいうと、極楽往生するための方法です。
阿弥陀様に絶対的な信頼をよせて心から祈ることによって、極楽浄土への道がひらけると説いたものになります。
つまり絶対他力とは「絶対的に他者の力をしんじる」こと。
この場合の他者というのは一般社会の人ではなく、阿弥陀如来をあらわしています。
阿弥陀如来様にこれからを委ねて、将来の幸せをお祈りしていこうと説いた思想になります。
浄土真宗の教えを知るための、ひとつの手がかりです。
「他力本願」と「絶対他力」の違い
どちらも鎌倉時代の仏教思想をあらわします。
「他力本願」と「絶対他力」の違いを、分かりやすく解説します。
・法然の他力本願、親鸞の絶対他力 他力本願と絶対他力を見比べたとき、現在でもよく使われているのは、他人任せという訳の他力本願です。
ただ仏教の歴史からみてみると、それぞれの言葉には大きな違いがあります。
おさらいすると、他力本願は法然が唱えた思想です。
そして絶対他力は親鸞が唱えた概念になります。
法然は親鸞のお師匠さま、つまり先生だった人です。
法然からみると、親鸞は弟子にあたります。
法然が唱えた他力本願とは、ただひたすらお経を唱えれば極楽浄土に行けると説いたものです。
そして親鸞はこの思想を、一歩すすめて考えました。
厳しい修行を積むことよりも、より自分らしく生きることに主眼をおいて考えていったのです。
法然が開いた浄土宗は規律をまもる、仏教らしい仏教です。
そして弟子の親鸞が開いた浄土真宗は従来の浄土宗をより現代らしくアレンジしたものです。
そのため浄土真宗のお坊さんは、髪の毛を伸ばしていたり厳しい修行をおこなわなかったり、ほかの仏教にくらべてゆるい宗派になっています。
まとめ
「他力本願」と「絶対他力」の違いを分かりやすくお伝えしました。
どちらも鎌倉時代の仏教思想です。
他力本願は浄土宗を編み出した、法然がつくったもの。
そして絶対他力は浄土真宗をうんだ、弟子の親鸞が唱えたものです。
区別して覚えていきましょう。