この記事では、「気を落とす」と「気を堕とす」の違いを分かりやすく説明していきます。
「気を落とす」とは?
物事がうまく行かない、突然の不運や災難などによって元気や気力をなくす、落胆する、がっかりしてしまうなどの意味を持つ言葉で、落とすという表現を使っているものの連続して発生するということもありえ、残業して好きなテレビ番組を見逃して気を落とした上に電車にカバンを置き忘れて気を落とすというようなケースもありえないわけではなく、それぞれの不運で落胆するような出来事に関連性がない場合もありえます。
利き手を怪我をして気を落としているときに利き手じゃない手でドアを開けたために体を打ってしまうというようなことでは関連性がありますがこれに関しても気を落とすような出来事ではあります。
気を落とすという言葉は程度、人によってどの程度気を落とすかなどの差があり、タフな人であれば同じような不運であってもそれほど気を落とさないケースもありえますし、逆のこともありえます。
ひどく気を落とす、すごく気を落とすという言葉などで強調が可能です。
「気を堕とす」とは?
気を落とすの誤字として挙げられる言葉ですが字の難しさ、言葉の重そうな感覚などから、まず間違えて使うケースはないと考えられる言葉です。
マンガなどの独特の表現で使うにしては「気を落とす」という言葉に箔をつけるというシチュエーションがあまりないため、今後、「気を堕とす」という言葉が広く使われる可能性は非常に低いものと考えられます。
落とすと堕とすは意味が同じ部分もありますが、堕落するという意味合いの印象が強いことも欠点として挙げられます。
また、マンガの登場人物で味方の人物が敵方になることを悪堕ちという表現がありますが、「気を堕とす」という表現にはそこまでの落差は感じられないでしょう。
覚えるべき表現でもないというのが2022年時点での評価と言えます。
「気を落とす」と「気を堕とす」の違い
「気を落とす」と「気を堕とす」の違いを、分かりやすく解説します。
「気を落とす」が突然の不運や災難などによって元気や気力をなくす、落胆する、意気消沈してしまう、がっかりしてしまうという意味で、「気を堕とす」という言葉はその誤字と言えます。
「気を堕とす」という言葉の堕とすというところに字面的な迫力はありますが、がっかりするの言い換えとして小説などで使うには非常に弱く、「気」は自体がなにか固有の用語でもない限り、作品上のセリフとして使うのも難しい言葉ではあります。
今後「気を落とす」が「気を堕とす」に塗り替えられることはまずありえません。
まとめ
「気を落とす」という言葉と用例を覚えていればほぼ問題なく、「気を堕とす」という言葉は特に覚える必要はないものと言えます。
もともと気を落とす事自体あまり良いことではなくも避けるべきことであることであることも「気を堕とす」という言葉の使い所のなさを表しています。