この記事では、「他山の石」と「反面教師」と「対岸の火事」の違いを分かりやすく説明していきます。
「他山の石」とは?
「他山の石」は「たざんのいし」と読みます。
意味は「他の人の山から出た、つまらない石」で、質の悪い石であっても、宝玉を磨くのには役立つということから、転じて「他の人の間違った行いも、自分が修行する為に役立つ」といういましめの意味を持つことわざです。
「他山の石」の使い方
「他山の石」は、ことわざとしてビジネスや日常生活で「他山の石とする」「他山の石として」などと使われます。
基本的に、自分たちが高みを目指す為に、他の人の間違った言動を役立てるという意味で使われる言葉です。
「他山の石」の例文
・『ライバル会社の粉飾決済は正に他山の石とするべきだ』
「反面教師」とは?
「反面教師」は「はんめんきょうし」と読みます。
意味は「反対の面を持つものを教師として見習うこと」で、悪い見本として反省や戒めの材料となる人やものごと、転じて「間違った言動をする人を見本として、自らの行動を反省する」という意味のことわざです。
「反面教師」の由来は中国共産党の毛沢東(もうたくとう)が1957年に行った演説の文言から来ています。
本来は「間違った人間を排除するのではなく、反面教師として役立てる」というニュアンスです。
「反面教師」の使い方
「反面教師」はことわざとして、ビジネスや日常で「反面教師にする」「いい反面教師になる」などと使われます。
基本的に、間違った言動をする人を見て、自らの言動をいましめるきっかけにするという意味で使われる言葉です。
「反面教師」の例文
・『政治家の不適切発言を反面教師として、迂闊な発言を慎む』
「対岸の火事」とは?
「対岸の火事」は「たいがんのかじ」と読みます。
意味は「向こう岸で起きている火事」で、向こう岸で火事が起きても、自分には被害が及ぶ心配がないこと、転じて「自分には関係がなく、他人ごとであること」という意味で使われることわざです。
「対岸の火事」の使い方
「対岸の火事」はことわざとして、ビジネスや日常で「対岸の火事だ」「対岸の火事でしかない」などと使われます。
基本的に、自分たちには全く関係がなく、他人ごととして傍観している状態に使われる言葉です。
「対岸の火事」の例文
・『ライバル会社が汚職事件でスキャンダルになっているが、対岸の火事だ』
「他山の石」と「反面教師」と「対岸の火事」の違い
「他山の石」は「自分たちが高みを目指す為に、他の人の間違った言動を役立てる」という意味です。
「反面教師」は「間違った言動をする人を見て、自らの言動をいましめるきっかけにする」という意味です。
「対岸の火事」は「自分たちには全く関係がなく、他人ごととして傍観している状態」という意味です。
まとめ
今回は「他山の石」と「反面教師」と「対岸の火事」について紹介しました。
「他山の石」は「他人の間違いを役立てる」、「反面教師」は「他人の間違いを見て自分を律する」、「対岸の火事」は「他人事としてと傍観する」覚えておきましょう。