この記事では、「足るを知る」と「知足」の違いを分かりやすく説明していきます。
「足るを知る」とは?
自分の置かれた状況や今の状態に満足するということを意味する言葉です。
今目の前にあるものに対して感謝する気持ちを持つことを意味します。
「足るを知る」という言葉は、中国の哲学者である老子の教えが由来で、自然のままに生きることを勧める思想の一つです。
「知足」とは?
「足るを知る」の名詞形で、自分の持ち分に満足し安んじることを意味する言葉です。
また、「知足天」という仏教用語としても使われます。
これは、「兜率天」とも呼ばれる天界の一つで、欲望を捨てて心の平安を得た人が生まれるところです。
「足るを知る」と「知足」の違い
「足るを知る」と「知足」の違いを、分かりやすく解説します。
「足るを知る」と「知足」は、どちらも自分の置かれた状況に満足するという意味の言葉ですが、使い方やニュアンスが異なります。
「足るを知る」は、自分が今持っているものや得られたものに感謝するという気持ちを表します。
欲を持ちすぎず、現状で幸せだと思うことです。
その一方で、「知足」は、「足るを知る」の名詞形ですが、自分の身分や立場にふさわしい満足感を持つという意味もあります。
出しゃばったり高望みしたりせず、自分の分をわきまえることです。
このように、「足るを知る」と「知足」の違いは、動詞と名詞の違いと、仏教と道教の違いということが言えるでしょう。
どちらも、欲張らずに現状に満足することの大切さを教えてくれる言葉です。
「足るを知る」の例文
・『彼はラグジュアリーなものには一切興味がなく、足るを知る生活している』
・『生きていく上で、足るを知ることが何よりも大切だ』
「知足」の例文
・『知足の心を持つことによって、幸せな気持ちを感じられる』
・『彼は知足をモットーに、非常にシンプルな暮らしを楽しんでいる』
まとめ
「足るを知る」と「知足」という言葉は、どちらも「身分相応に満足することを知る」という意味で、同じ言い方として使われることが多いと言えます。
また、「足るを知る」と「知足」は、どちらも中国の老子の教えが由来です。
老子は、自然のままに生きることを勧め、欲望にとらわれないことが大切だと説きました。
この考え方は、仏教の教えとも共通しています。
それぞれの言葉を正しく使い分けられるように注意しましょう。