この記事では、「悶絶(もんぜつ)」と「苦しんでいる」の違いを分かりやすく説明していきます。
「悶絶」とは?
「悶絶」とは、「あることによってもだえ苦しんでいる」さまや「強い刺激など受けて気絶してしまう」様子などを示す言葉です。
実際に気絶するほどではなくても気を失うほど苦しんだりもだえたりする場合に使われている語句で、現代においては俗語的な使い方で「悶絶するほどの可愛さ」ないし「悶絶級の特典」などという言い回しでも使用されています。
「苦しんでいる」とは?
「苦しんでいる」とは、「痛みや苦しみなどによって喘(あえ)いでいる」さまや「問題などを抱えていて精神的な不安感が消えない」様子などを示す言葉です。
「深く思い悩んでいる」または「非常に困っている」などというニュアンスで用いられており、「苦悶(くもん)する」ないし「苦悩する」などという語句と同じような意味合いで用いられている文言です。
「悶絶」と「苦しんでいる」の違い
「悶絶」と「苦しんでいる」は、どちらの語句も「あることが原因となって起こる」状態や症状などを指して使われている表現です。
「悶絶」は「悶絶するほどの悲しみ/苦しみ」あるいは「悶絶級の便利さ/心地よさ」などというさまざまなニュアンスの表現で使うことができる一方で、「苦しんでいる」は「苦しんでいる状態/顔/貧困層」などという、「苦しみ」を元にした文言になりますので、いずれの語句も似ているようで使い方や使う場面などはまったく異なる関係性をもつ文言と言えます。
「悶絶」の例文
・『初めての出産のときは痛みのあまり悶絶しました』
・『ペットショップで見た子犬が悶絶するほど可愛かったので買おうかどうか迷いました』
「苦しんでいる」の例文
・『給水地点までたどり着いたランナーは苦しんでいる表情が多いですね』
・『苦しんでいるウミガメのために海にゴミを捨てるのは止めましょう』
まとめ
「悶絶」と「苦しんでいる」は、どちらの語句も「苦しみ」に係わる語句として知られていますが、双方には微妙なニュアンスの違いがあります。
使用する際には場面や状況に応じて上手に使い分けるようにしましょう。