この記事では、「見過ごす」と「看過ごす」の違いを分かりやすく説明していきます。
「見過ごす」とは?
「見過ごす」とは何かを見ておきながらそれを放置することや、気付いておくべきなにかを見落としてしまったことを指します。
探していたものを視界に入れてはいたのに気付かないのも「見過ごす」ですし、病気で苦しんでいる人を見て大げさなと思って助けないのも「見過ごす」行為です。
過と言う字には通り過ぎるという意味があり見ておきながら通り過ぎてしまうということを言葉にしたものが「見過ごす」になります。
「看過ごす」とは?
「看過ごす」とは何かを視認したのに放置することや、視界に入ったものを見落としてしまったことを指します。
読みが同じ「見過ごす」と同じ意味を持ちますが、本来「みすごす」という言葉は「見過ごす」が正しい表現です。
しかし悪いことを見逃すなどの意味を持つ看過という言葉があり、看という字自体に注意深く見ることや何かを見守るという意味を持つことから、「見過ごす」の見を看に置き換えて生まれた言葉が「看過ごす」になります。
「見過ごす」と「看過ごす」の違い
「見過ごす」と「看過ごす」の違いを、分かりやすく解説します。
「みすごす」という言葉の正しい表記が「見過ごす」で、それと意味がほぼ同じな看過という言葉が混同された結果生まれた言葉が「看過ごす」です。
看という字には注意深く見るという意味を持ちますが「みすごす」という言葉には注意深く見るというニュアンスは含まれないので、「見過ごす」と書くのが正しく「看過ごす」は後から生まれた一般的ではない表記になります。
まとめ
何かを見ておきながら放置したり何かを見落とすという意味の言葉として正しいのは「見過ごす」と看過であり、その二つが混ざって生まれた言葉が「看過ごす」と言えます。
なので「みすごす」と言いたい場合には「看過ごす」と表記するべきではなく、しっかり「見過ごす」と書くべきです。