この記事では、「隔靴掻痒」【かっかそうよう】と「二階から目薬」【にかいからめぐすり】の意味や違いを分かりやすく説明していきます。
「隔靴掻痒」とは?
自分がかなえたいと思うことが達成できないので、とてもはがゆいと感じる状態を「隔靴掻痒」【かっかそうよう】といいます。
仕事で成果を出して30代で出世したいと思うのに、まったく現実にはならない状況を表すわけです。
元々は靴を履いたままではつらい足の裏を掻けないことから、自分が望んでいるものが一向に達成できず、苛立つ人の嘆きや苦しみを表します。
「二階から目薬」とは?
2階の高い位置から1階にいる人の目に向かって目薬を指すのは実に困難といった意味から、もどかしいほど順調に物事が進まないといった意味で使われている言葉が「二階から目薬」【にかいからめぐすり】です。
それほどたやすくはない仕事であったり、恋愛は困難であるといった状況で使われています。
この言葉の由来は、1700年に登場した「風流御前義経記」であり、軟膏を二階から下にいる人の目に入れるのは実に難しいといった意味からきています。
「隔靴掻痒」と「二階から目薬」の違い
「隔靴掻痒」と「二階から目薬」の違いを、分かりやすく解説します。
靴を履いたままでは足の甲や裏を容易に掻けず、いつまでも苦しい痒みが消えないといったところから、現実的に自分がやりたいと願うことがしっかりできないは、良い結果にならないといった結果によってはがゆい思いをすると表す言葉が「隔靴掻痒」です。
もう一方の「二階から目薬」はかなり高い位置から下にいる人の目に薬を入れるといったかなり難儀なことという意味から、自分が望む願望がかなわない場面で使われています。
「隔靴掻痒」の例文
・『職場では20年も働いているが、隔靴掻痒の状態でやる気を失う』
・『隔靴掻痒の間柄である同僚となんとか心を通わせたい』
「二階から目薬」の例文
・『失敗ばかりする社員に同情しても二階から目薬である』
・『満員電車の中で結婚指輪を探しても、二階から目薬だ』
まとめ
自分が達成したいと思っても、簡単には乗り越えられない壁につまずいてしまう現実があるといった意味がある言葉をご紹介しました。
状況に応じて、うまく使い分けてみるといいでしょう。