この記事では、「真っ当」と「全う」の違いを分かりやすく説明していきます。
「真っ当」とは?
「真っ当」は、元々は「まったい」という言葉がありまったいが変化して、「全う」となり、さらに変化した言葉です。
そのうえで「真っ当」はいい加減なことをしないという意味が与えられていて、「真っ当な人生」や「真っ当」な人間というのはいい加減ではないことを意味します。
「全う」とは?
「全う」は、「まったい」という言葉の変化で最後までやり通すという意味です。
よって、「仕事を全うする」という具合に使用し、最後までやり遂げることのみ重点を置きます。
なお、まったいのほうが実は完璧にやり通すという意味があり、こっちの方が仕事においては完全に仕事を最後までやり通すという意味になります。
「真っ当」と「全う」の違い
両者の違いは、いい加減に物事を扱わないことか、とりあえず、最後までやり遂げるかです。
「真っ当」はいい加減に物事をしないことですが最後までやり遂げなくともよいです。
「全う」は逆に、最後までやり遂げればよいだけで内容はいい加減でも構いません。
しかし、「まったい」は、完璧でありかつ最後までやり遂げてないといけません。
「真っ当」の例文
・『真っ当に仕事を進める』
この例は、まじめに仕事を進めるという意味です。
そのうえで、仕事が完遂するかどうかについては触れていません。
よって、まじめに仕事を完遂させる場合、「まったい」という言葉を使用するとよいでしょう。
「全う」の例文
・『仕事を最後まで全うする』
この例、は仕事を最後までやり遂げるという意味です。
しかし、仕事の内容自体には触れていないのが「全う」のポイントなので、このケースでは仕事が実は適当である可能性も否定できません。
この例において、仕事を最後までやり切ったうえで仕事内容が完璧だという場合、「まったい」を使用して仕事内容と仕事自体が最後までやりきっていると表現します。
まとめ
「真っ当」については、いい加減なことをしないというだけで仕事においては別に仕事が完遂していなくともよいです。
逆に「全う」は、仕事が終えていればよいだけですので仕事内容が適当でもよいのです。
仕事内容が完璧でかつ、最後までやりきっていると述べる場合、「まったい」という言葉がありまして、この言葉を使用します。
といいますのも、「全う」は、「まったい」が変化して生まれた言葉で、「まったい」が完璧を意味しますが、「全う」は完ぺきではありません。
もちろん「真っ当」も完璧を指す言葉ではないので完璧であるということを言い表す場合、「まったい」という言葉を使用して仕事が完璧だと述べるのです。
ただ、おそらく、「まったい」という言葉を知っている人は少ないと思われ「全い」と記しても「まったい」という言葉を知らない人が少ないので何それ?と言われることのほうが多いかと思われますが、完璧であると述べるのであれば、「全い」を使用するとよいでしょう。