「見受けられる」と「見られる」は、ほとんど同じ意味の言葉になります。
ただし、微妙な違いがあるので、その違いについて紹介します。
「見受けられる」とは?
「見受けられる」は普段の会話で使われることはあまりありませんが、ビジネスの場や学術的な分野などではよく用いられる言葉です。
動詞である「見受ける」の未然形に助動詞である「られる」を加えた言葉になります。
「見受ける」の受動態で、見て判断するとか見かけるといった意味があります。
「見受ける」は「見る」と「受ける」が一つになった言葉です。
「見る」だけだと目に留まったり見かけたことを表しますが、「受ける」が加わると目にした情報を元に判断したり推測したという意味が加わります。
それに助動詞の「られる」が加わると、受け身のニュアンスが生まれます。
「見受けられる」の使い方
「見受けられる」は、ビジネスシーンのプレゼンテーションや調査結果を報告する際などに用いることが多いです。
例えば、「統計データを精査した結果、AとBにはあまり相関関係がないように見受けられます」というように使われます。
この場合、AとBに相関関係がないというのは推測になります。
「見られる」とは?
「見られる」は、日常会話でもビジネスシーンなどでも用いられる言葉です。
「見る」の未然形に助動詞の「られる」が加わった言葉になります。
見ることができるとか、視界に入るといった意味があります。
また、「見る」には幅広い意味があり、読んで知ることや経験すること、調べることなどの意味も含まれます。
「見られる」の使い方
「見られる」の具体的な使い方を挙げると、「この通りでは春になると桜並木が見られる」といった文になります。
これは桜並木を見ることができるという意味です。
それから「犬が興奮している様子が見られるので近づかない方がいい」といった使い方もあり、この場合には犬が興奮している状態が視界に入ったという意味で使われています。
また、「この本には間違いが数か所見られる」といった使い方もします。
これは本を読んで知ったことを「見られる」と表現しているのです。
「見受けられる」と「見られる」の違い
「見受けられる」よりも「見られる」の方が幅広い意味で使われています。
また、「見られる」は目に入ることを意味しているのに対し、「見受けられる」は見て判断することを意味しています。
そのため自分自身の推測や考察を加える時に「見受けられる」を使うことが多いです。
また、「見られる」の方が「見受けられる」よりも断定的な感じがします。
まとめ
「見受けられる」よりも「見られる」の方が、幅広く使われています。
「見受けられる」はただ目にしたことだけではなく、自分の考えや推測を加える時に用います。
「見られる」には、目に入るとか見ることができる、読んで知るなど色々な意味があります。
日常会話でも良く使われるのは「見られる」の方です。