「志す」と「考える」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「志す」と「考える」の違いとは?違い

この記事では、「志す」「考える」の違いを分かりやすく説明していきます。

「志す」とは?

「志す」とは、あることをしようと思い定めることを意味します。

心の中に目的や目標を立て、それらに向かって進もうとする決意、決心を意味します。

例えば、「教師を志す」の場合、教師になることを決意することを意味します。

また、「自分の志す道」とは、自分の目的や目標に向かって進もうとする道を意味する言葉になります。

加えて、「志す」には、好意や謝意などの気持ちを込めて金品を贈ること。

追善供養をするといった意味があります。

他の言葉に言い替えると「目指す」「目標にする」「企てる」などになります。


「考える」とは?

一言で「考える」と言っても様々な意味があります。

知識や経験などに基づき道筋を立てて頭を働かせること。

判断すること、予測、予想すること、決意すること、などを意味します。

また、事柄や事情についてあれこれと思いを巡らすことや工夫すること、問いただし事実を明らかにすること、といった意味もあります。

他の言葉に言い替えると「浮かべる」「思いやる」「考慮」「思う」などになります。


「志す」と「考える」の違い

「志す」「考える」の違いを、分かりやすく解説します。

「志す」の場合、あることをしようと思い定めることを意味します。

つまり、目標に向かって進む決意を示す言葉になります。

一方、「考える」には「志す」のような決意を示す意味はありません。

判断することや予想すること、予測すること、といった意味になります。

「志す」の例文

・『近くに作家を志す者が集まる喫茶店がある』
・『父の大病をきっかけに私は医者を志すようになりました』

「考える」の例文

・『明日の予定を考える』
・『今回発生した問題の解決方法を考える』

まとめ

「志す」「考える」には以上のような違いがあります。

「志す」「考える」とでは、決意を示すといった意味に大きな違いがあります。

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