「ぼんやり」と「放心」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「ぼんやり」と「放心」の違いとは?違い

この記事では、「ぼんやり」「放心」の違いを分かりやすく説明していきます。

「ぼんやり」とは?

考え事している人の様子を「ぼんやり」といいます。

話しかけても聞いていないので、相手を苛立たせるのです。

他には起きたばかりで寝ぼけている状態であるとき、目の前の物がはっきり見えない状態になります。

また、遠くにある島がよく見えないときや、霧がかかっているとき山の景色がくっきり見られないという状況を「ぼんやり見える」といった言い方をするわけです。


「放心」とは?

道路を歩いていると鞄を引ったくられたとき、突然のことで何をしたらいいか分からず呆然とすることを「放心」【ほうしん】といいます。

意識が少し飛んでいる状態であり、自分が何を考えているのかよく分からない状態です。

その様はまるで魂が体から抜けているようであり、心配になって肩を揺すればやっと意識を戻します。

他にも、洪水で道路が流されてしまい、先に進めない困った状況では「放心した様子で立ち尽くす」と使われている言葉です。


「ぼんやり」と「放心」の違い

ここでは「ぼんやり」「放心」の違いを、分かりやすく解説します。

目がかすんではっきり見えなかったり、遠すぎて形が把握できない状況を「ぼんやり」といいます。

また、考え事が頭から離れないとき頭の中がぼうっとして、まるで夢の中にいるかのような状態で人の話を集中して聞けません。

もう一方の「放心」は、予想外な出来事が起きたとき意識が飛んでいるような状態を指す言葉です。

目の前で起きたことがあまりにも衝撃的であったとき見せます。

「ぼんやり」の例文

・『天気が悪くて満月がぼんやりとしか見えなかった』
・『兄はぼんやりしていて、買い物袋を車に置き忘れた』

「放心」の例文

・『舞台から俳優が落ちてしまい、兄は放心状態になる』
・『放心状態で立ち尽くす彼女の頬を叩いて我に戻す』

まとめ

意識が飛んでいる状態を表す言葉を2つご紹介しました。

どのような状態か調べてみるのも理解するための勉強方法になるでしょう。

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