「訪れる」と「到来」の違いとは?意味や違いを分かりやすく解釈

「訪れる」と「到来」の違いとは?違い

この記事では、「訪れる」「到来」の意味や違いを分かりやすく説明していきます。

「訪れる」とは?

自らが前から行ってみたかった場所に足を運ぶことを「訪れる」【おとずれる】といいます。

訪問するという意味があり、お世話になった人が住む家に菓子折りを持って伺うのです。

この他にも春らしい季節が来て、嬉しい気持ちに包まれる人の気持ちを表します。

このような意味から、長年貧困に喘ぐ国が豊かな暮らしができるようになったとき、「やっと豊かな生活が訪れた」という言い方をして、幸せな感情を伝えるわけです。


「到来」とは?

やるべきことに本気で取り掛かる時期が来たという意味がある言葉を「到来」【とうらい】といいます。

企業では商品を販売する機会がきたと思うとき「チャンス到来」といって、その時期に高い収益が見込める物を売るのです。

また、ある人はAIの時代が「到来」すると予知したり、時節が訪れるといった言葉の使われ方もされています。

このように、特定の機会が向こうから来るという意味で使うわけです。


「訪れる」と「到来」の違い

ここでは「訪れる」「到来」の違いを、分かりやすく解説します。

自らが縁のある場所に行き、懐かしい気持ちに浸る行動を「訪れる」といいます。

また、「秋が訪れる」といえば、美しい紅葉が楽しめたり、美味しい食材で作った料理を堪能できる時期が来て心が躍るといった自分の気持ちを伝えるのです。

もう一方の「到来」は自分が物事を始めるのに丁度いい時期が来たという状況を表します。

また、絶好の機運が訪れたという場面でも使われている言葉であり、この機会を掴めば相手との関係がうまくいったり、仕事で高い収益が生まれる場合もあるわけです。

「訪れる」の例文

・『紅葉の季節は、日帰り温泉に多くの人が訪れる』
・『冬になると魚を求めて食通の外国人が日本を訪れる』

「到来」の例文

・『日本では山が紅葉する10月に旅行シーズンが到来する』
・『冬が過ぎると、美しい蝶が飛び交う春が到来する』

まとめ

向こう側から自分の方に来るという状況を表す言葉を2つ取り上げました。

使い方が異なりますので、どのような物が来るかに目を向けて学んでみるといいでしょう。

違い
違い比較辞典