この記事では、「忙殺」と「多忙」の違いを分かりやすく説明していきます。
「忙殺」とは?
やるべき事柄が多くて暇がないこと、非常に忙しいことです。
「殺」という言葉には、ころすという意味がありますが、この場合は程度を強める語として用いています。
普通「〜される」の形で使用をします。
たとえば、「事務処理が多くて忙殺される」のような使い方をします。
この例は、事務処理の量が多くて非常に忙しいこと、やるべき事務処理が多くて暇がないことを表しています。
自分のための時間を作れない状態、ゆっくりする時間がない状態をいいます。
仕事に追われるという意味で使うことが多く、趣味や遊びで忙しいことはいいません。
「多忙」とは?
やるべき事柄が多くて暇がないこと、非常に忙しいことです。
「多」には数や量が多い、「忙」にはいそがしい、という意味があります。
「仕事と育児で多忙な日々を送る」のような使い方をします。
この例は、仕事もやって、育児もして、暇な時間がない毎日という意味になります。
ゆっくりしている時間がないような状態を表します。
また、相手を気遣って「ご多忙にもかかわらず」という使い方をすることもあります。
これは本当に相手が忙しいのかにかかわらず使われています。
「忙殺」と「多忙」の違い
「忙殺」と「多忙」の違いを、分かりやすく解説します。
どちらの言葉にも、やるべき事柄が多くて暇がないことという意味があります。
同じ意味を持っているのですが、使い方に違いがあります。
前者は「〜される」の形で使うことが多いです。
後者は広く使われる言葉で、いろいろな使い方ができます。
「多忙な毎日」「多忙な人」のような使い方ができます。
これを前者に置き換えることはありません。
また、「ご多忙のところ」という言い方はしますが、「忙殺なところ」とはいいません。
まとめ
どちらの言葉にも同じ意味がありますが、使い方に違いがあります。