「絶体絶命」と「万事休す」の違いとは?分かりやすく解釈

「絶体絶命」と「万事休す」の違いとは?違い

この記事では、「絶体絶命」【ぜったいぜつめい】と「万事休す」【ばんじきゅうす】の意味や違いを分かりやすく説明していきます。

「絶体絶命」とは?

今まさに危機的な状況に遭い、このままでは助からないと思う状況を「絶体絶命」【ぜったいぜつめい】といいます。

例えば、穴に落ちそうになったとき、手を離せば終わりだと思う場面で使われたり、納品期日まで仕事が終わりそうになく、取引先相手に叱られてしまうといった切羽詰った状況を表すとき使われている言葉です。


「万事休す」とは?

もうこれ以上何をやっても駄目だと思って、身を引くことを「万事休す」【ばんじきゅうす】といいます。

体力の限界だと感じたとき、自分がこれ以上いくら頑張ったとしてもうまくはできないだろうと思う状況のとき使うわけです。

残り時間も少なく、絶対に負けてしまいそうな状況に追い込まれて勝ち目がないと思ったり、もう何をしても駄目だと悲観する意味も込めて使います。


「絶体絶命」と「万事休す」の違い

「絶体絶命」「万事休す」の違いを、分かりやすく解説します。

もう逃げられない状況にまで追い詰められたとき、困った状態を「絶体絶命」といいます。

体や命が絶えるといった意味がある絶命というこの言葉は九星術では「災い」をもたらすとされる区星を指すわけです。

このことから、肉体も命が破滅するほど酷く追い詰められた状況で使われる言葉になります。

もう一方の「万事休す」は体力の限界で負けそうと感じたり、もう試合時間がないので勝てないといった切羽詰ったとき使うわけです。

「絶体絶命」の例文

・『絶体絶命に追い込まれた選手がボールを蹴るとゴールが決まった』
・『獣に追われて絶体絶命であったが、通った人に助けられた』

「万事休す」の例文

・『すでに野球の試合では時間がないため、戦えずに万事休す』
・『なんとしてでも最後まで力を振り絞り、万事休すだけは避けたい』

まとめ

どちらも似ている言葉ですが、意味や使い方に違いがありますので、状況に応じてうまく使い分けてみるといいでしょう。

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