「私心」と「私情」の違いとは?分かりやすく解釈

「私心」と「私情」の違いとは?違い

この記事では、「私心」【ししん】と「私情」【しじょう】の意味や違いを分かりやすく説明していきます。

「私心」とは?意味

一個人として持つ気持ちを「私心」【ししん】といいます。

自分一人で考えたことという意味があり、利己心を含んだ考えは相手を翻弄させたり、迷惑をかけることもあるわけです。

使い方としては、「私心を持たない」というときは政治やビジネスの世界なら自分だけの気持ちで大事なことを決めたり、意見してはいけません。


「私情」とは?意味

個人の心に焦点を当てている「私情」【しじょう】は、感情で揺れ動く気持ちを表します。

「私情を挟む」といったときは、ビジネスにおいて自分が感情的になってしまえば面倒な展開になり、人の迷惑になってしまうのです。

なにかと個人的な感情を入れられては取引先相手もどう対処したらいいか困り、仕事がしにくくなってしまいます。

他にも「私情で恐縮だが」と一個人の感情を持っての考えではあるが、意見したいと思うとき前もって断っておいてから相手に気持ちを伝えるわけです。


「私心」と「私情」の違い

「私心」「私情」の違いを、分かりやすく解説します。

自分一人だけで何事も決めてしまうことを「私心」といいます。

個人の感情で物事を判断したり、意見してしまって困るという意味で使われています。

「私心を捨てる」といえば、自分だけで何もかも決めるのではなく、人の意見も聞き入れて尊重することが大事と表すわけです。

もう一方の「私情」は、個人の勝手な感情で意見したり、判断する迷惑なことを指します。

このように、「私情」で人に意見するような人は感情的であり、冷静に物事が判断できない人は周囲を困らせるわけです。

「私心」の例文

・『仕事では人と冷静に会話して意見を述べるため私心を入れない』
・『私心で物事を判断する上司は自分勝手に思えて苛立ってしまう』

「私情」の例文

・『仕事に私情を挟まれると冷静に話し合いができなくて困る』
・『私情のために会社を休むのは迷惑行為になるので反省したい』

まとめ

どちらも自分の気持ちに焦点を当てている言葉ですが、意味や使い道に多少の違いがありますので、自分なりにうまく使いこなしてみるといいでしょう。

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